かつては聖職と呼ばれた教師という職業の現実|中学教師として生きて

学校

私の知人の娘さんは、かつて中学で教師をしていました。

彼女は、子供の頃から「学校の先生」になるのが夢でした。

中学教師という仕事

私が通っていた小学校は、各学年4クラスしかありませんでした。

中学も、私立に行く子以外は、全員が同じ公立中学に入学することが決まっていました。

他の小学校からくる子もいましたが、少数であり、小学校からそのまま持ち上がりでした。

中学生になると制服着用が義務付けられるくらいで、私が通っていた中学はそれほど環境的にも特に変化のない、とても平和な中学校でした。

もちろん、少し荒れた人たちもいましたが、学級崩壊などは程遠く、基本的にはみんな先生の言うことは聞いていましたし、それなりに中学生活を楽しんでいたと思います。

しかし、小学生の頃に比べると、悩みごとが増えるのも中学生。

高校受験や部活や恋愛などなど…。

 

私が通っていた中学には金八先生ほどではないにしろ、近い先生がいたように思います。

生徒の悩みを真剣に聞いてくれたし、生徒にきちんと向き合ってくれていました。

私にも、そんな中学時代の恩師がいます。

心を病んでしまった先生

私の知人の娘さんは、小学生の頃から「学校の先生になるのが夢」だと言っていました。

そして、彼女は勉強もすごく頑張って教育大学に入学し、その夢を叶えました。

しかし、彼女が教師という仕事に憧れていた子供の頃に比べると、彼女が教師になったときの中学校自体があまりにもかけ離れたものになっていたようです。

私は小学校や高校に比べて、中学の教員という仕事は「厳しい」イメージがあったのですが、彼女はだからこそ中学の教師になりたいと言っていました。

彼女は、ずっと教師であり続けようとしたために、悩みや苦しみを親を含め外部の人に相談することは一切なかったようです。

いわゆるモンスター・ペアレントと呼ばれる親たちのことも、話しても理解してくれない生徒、同僚や先輩教師のこと、生徒たちが休んでいる春・夏・冬休みにも、研修やその他さまざまな仕事があってあまり休めないことも…。

それらが「とても大変なんだ」ということは私も聞きましたが、具体的な愚痴のようなことは何一つ言わなかったようです。

そして、彼女はいつ会っても自分を責めるようなことばかり話していました。

自分が至らないから…先生なのに…と。

そして、彼女はある日、職員室で意識を失って倒れてしまいました。

病院に運ばれ、いろいろな検査を受けましたが、疲労と少し貧血気味だったこと以外、原因はわかりませんでした。

彼女はしばらく休職していましたが、結局、あれだけ憧れていた教師という仕事を諦めることになりました。

 

その後、イギリスに留学して、今は予備校の講師をしています。

しかし、彼女は少しストレスが溜まっただけで、失神するようになってしまいました。

本人は、極度にストレスに弱くなってしまったと言っています。

今は、中学教師時代に比べると、ほとんどストレスを感じることがないと彼女は言いますが、人間、生きていて全くストレスを感じない人などいません。

そんな誰もが感じる程度のストレスにも体が過敏に反応してしまうようです。

私は、彼女が中学教師時代、どれだけ大変な思いをしたのかを具体的には知りません。

彼女が絶対に言わないからです。

 

最近は教員採用試験の倍率が、平成20年くらいから目に見えて低くなってきているといいます。

特に小学校の教員採用倍率は2倍を切っている都道府県もあるといいます。

子供の数が減っているとはいえ、教師になりたいと思う人は確実に少なくなっているようです。

かつては聖職と言われた職業

かつて、学校の先生は聖職者と言われ、尊敬される存在でした。

先生がそうおっしゃっているのだから…と、私の母の世代は特にそんな傾向があったように思います。

それが、今では教室の中で生徒に無視されたり、無抵抗(反撃すると暴力教師と言われるので…)な教師に暴力を振るう生徒がいたり。

これではなり手が少なくなるのも仕方がないのかもしれない…。

教師の体罰はいけないことですが、愛の鞭というものも完全に否定されるものではないと、私個人としては感じています。

最後に

知人の娘さんほどひどい件は、そうはないと思いますが、これからも教師を目指す人は年々減っていくでしょう。

教師という仕事は、ある意味、どんな他の仕事と比べても人と深く関わる仕事です。

ネット上には、自ら「私がお前に簡単な金儲けのやり方を教えてやる」と頼んでもない人から毎日のように言われつづけている私が書くのも皮肉ですが。