【立ち止まって考える】コロナウイルス禍の中|相手の立場になってみる

コロナウイルス禍の中、不自由な生活が続いています。

営業停止要請が出た業種などは、特に大変な時期だと思います。

こんなときだからこそ、今一度立ち止まって、相手の立場になってみることについて考えてみました。

コロナウイルスへの恐怖は誰もが感じていること

誰もがウイルスに感染したくないし、死にたくないし、大切な家族を守りたいと思うものです。

昨日観た映画「コンテイジョン」の中では、ある漢方薬がウイルスの特効薬であるというデマを巡り、暴動が起こります。

日本では、トイレットペーパーが売り切れるというデマが出たり、花崗岩がコロナウイルスに効くというデマもありました。

どちらもすぐにデマであると報道されましたが、私の住む地域のスーパーやドラッグストアでは、トイレットペーパーの品薄は未だに続いています。

 

マスクとなると、ほぼ売り切れで、先日はコンビニで高齢者の女性が「もうあと500枚しか家に在庫がないのに、売ってもらわないと困る!」と店員さんに食って掛かっているのを見て、とても残念な気持ちになりました。

また、いつ見ても必ずカートにトイレットペーパーを積んでいる高齢の女性も。

彼女たちは、1970~1980年代のオイルショックを経験している世代のため、そのときのことがよみがえり、トイレットペーパーを買い占めに走ってしまうのだと言われています。

 

もちろん、そのデマを流した人物にも大きな責任はあると思いますが…。

相手の立場になってみる

もうそろそろトイレットペーパーの買い占め、マスクの買い占めは慎むべき時期になってきていると思います。

トイレットペーパーやマスクを生産している会社、そして何よりそれを販売しているお店の店員さんをどれだけ圧迫しているかを、その立場を自分に置き換えて考えてみるべきだと思います。

 

正直、マスクを一人で500枚(1000枚という人も)持っているなら、もう一年以上は買う必要はないでしょう。

政府から2枚、布マスクも配布されるわけですから…。

 

テレワークや在宅ワークができない仕事についている人々は、毎日、満員の通勤電車に乗らなければなりません。

買い占めれば買い占めるほど、本当に必要としている人に行き渡らなくなるということを考えるべきです。

 

また、TVのニュース番組で、「自分はいつ死んでもいい。コロナにかかってもいいから今、やりたいことをやる」とインタビューに答えていた大学生がいましたが、ご自分が勝手に死ぬのはいいですが、この発言は人に感染させることを全く考えていないということに他ならないと思います。

買い占めする気持ち

ある程度、トイレットペーパーやマスクを手元に置いておきたい気持ちはわかりますが、過剰な買い占めは自分さえよければいいという利己主義な気持ちでしかありません。

また、買い占めることで供給がひっ迫して、商品の価格が高騰します。

ネットでマスクを買おうとすると、50枚入りのマスクひと箱が最安値でも4000円弱…。

去年の今頃と比較すると10倍の値段になっています。

 

買い占めを抑えるには、正しい情報を共有することだと思います。

デマを見極め、正しい情報を信じれば、適正な価格で購入することもできます。

私たちは、今一度立ち止まって、落ち着いて行動することが大切です。

また、メディアの伝え方も、商品が売り切れたスーパーの売り場を大きく報道せず、商品が充分あることを強調してほしいと感じます。

最後に

コロナウイルス禍の中、いま一度、相手の立場になってみることの重要性について考えてみました。

コロナウイルスの早期終息を祈って、今、私たちが出来ることは相手の立場に立ってみることです。

ウイルスの恐怖に負けず、日本人の持つ礼節謙譲の精神を、改めて見つめ直してみませんか?