【中学生は子供か大人か】大人は人をむやみに傷つけない

つい最近まで小学生だったけれど、ある程度大人の話もできるのが中学生。

そして、精神年齢に個人差があるのもこの時期だと言えます。

子供と大人の間で

心も体も少しづつ大人に近づいて、悩みごとも増えてくるのが中学生時代です。

まだ子供の部分も多く残しながら、人間関係やどんなことをすれば、どんなことを言えば、人を傷つけてしまうのかも、理解しているようで出来ていない…心が安定しない時期でもあります。

 

私自身も、中学生のときが最も悩みが多かった時期だと思います。

とにかく、自意識過剰だったと思います。

誰も、私のことなどそれほど気にしてなかったと今となっては思うのですがw

 

そして、その頃の日記を読んでいると、本当に自分に対しての点数が厳しいのです。

「そんな中学生いるわけない!」と、今ならその頃の私に言ってあげられそうな気がするほど。

そのため、自分より目上の人、親や先生などに対しても、とにかく、手厳しいのです。

 

そして、私には今も忘れることが出来ない中学生の頃の思い出があります。

中学時代のこと

中学2年生のときの副担任の先生が、若い女性の英語の先生でした。(以下A先生とします)

A先生は、帰国子女ですごく美人でスタイルも良く、男子にも女子にも大人気の先生でした。

中学生でもわかるほど英語の発音も素晴らしく、翻訳家志望だった私は、よく先生に相談に行ったものです。

そんなときも、私の夢に対して否定的なことは一切言わず、参考になる本などを教えてもらったりなど、とても優しくて憧れの先生でした。

 

そんなA先生が、ある日、病気で突然、教師を辞めることになったのです。

病名は知らされませんでしたが、退職される頃には、元々華奢な先生がさらに痩せて顔色も悪かったのを覚えています。

その後、病気は回復され、そのままご結婚されたことを後から聞きました。

私たちは病気が治ったら、A先生が戻って来てくれると信じていたので、とても残念で仕方がありませんでした。

 

そして、先生の後任に来られた先生は、臨時採用のA先生と同世代のB先生でした。

B先生は、とても地味で大人しい感じの女性の先生でした。

帰国子女だったA先生に比べると、英語の発音もそれほどいいとは思えませんでしたが、今思い返せば、B先生はとても優しく、出来ない子にも根気よく教えて下さる素敵な先生だったと思います。

しかし、男子たちは、そんなことよりA先生とB先生の見た目を比べては失礼なことを言って、授業を妨害していました。

それは、A先生がいなくなったことの寂しさによる反動もあったかもしれませんが、B先生の目に涙が浮かんでいたのを、何度となく見た記憶があります。(それを見て、暴走する同級生を止める男子も少なからずいたことはいましたが)

 

A先生があまりにも完璧だったので、B先生は大変だったと思います。

B先生に、見た目を揶揄するあだ名をつけたり、ちょっと注意されたりするととても反抗的な男子は多かったと思います。

それでも、B先生は、いつもとても寂しそうにしているだけでした。

見た目のことをけなされても、先生としては怒ったりは出来ませんし、今思い出しても胸が痛みます。

 

女子の中には、とても正義感の強い子もいたので、そんな男子の言動をやめさせようとしていましたが、今思えば、それさえもB先生を傷つけていたと思います。

「A先生と比べるなんて、B先生がかわいそうでしょう」

 

おそらく、小学生なら、先生の見た目をどうこう言うことなく、優しい先生に懐くと思いますし、高校生ならよっぽど子供っぽい生徒でない限り、B先生に面と向かって見た目をけなすようなことは言わないと思います。

いつの年代でも男子はきれいな女性が好きなので、陰で何か悪口を言ったりはするかもしれませんが…。

B先生の見た目をどうこう言っていた男子生徒も、全く持ってイケメンではなかったのに、不思議なものです。

 

ある日、一人の男子が、B先生にあまりにもひどいことを言ったので「あんた、人のことどうこう言えるような顔じゃないでしょ!」とクラスで一番人気の女子に言われたことがありました。

すると、その男子は突然泣き出し、終業時間になるまで一日泣きべそをかいていました。

自分は傷つきやすいくせに、先生相手でも「女性」を意識して傷つけることをいとわない…中学生時代が最もそんな時期なのではないでしょうか。

もちろん、大人になっても「お前は中学生か!」と言いたくなるような言動をする人もいますが…。

最後に

人間、生きてるだけで誰かを傷つけている可能性があるのですから、わざと傷つけるような言動が慎めるようになって初めて、人は「大人になった」と言えるのです。