映画「母さんがどんなに僕を嫌いでも」感想|虐待の連鎖は断ち切れないのか

こんにちは。

はるき ゆかです。



映画「母さんがどんなに僕を嫌いでも」のネタバレ感想です。

正直、複雑な気持ちで観終わりました。

「母さんがどんなに僕を嫌いでも」 あらすじ

一流企業で働き、傍目には順風満帆な生活を送る主人公のタイジ(太賀)だったが、実は幼い頃から母・光子(吉田羊)に心身ともに傷つけられてきた経験を持っていた。辛い気持ちを悟られまいと、つくり笑顔を浮かべながら、本心を隠し精一杯生き抜いてきたタイジ。やがて大人になったタイジは、心を許せる友人たちと出会い、彼らに背中を押されながら、かつて自分に手をあげた母親と向かいあう決意をする。(C)2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会。

[引用元]Amazonプライムビデオ「母さんがどんなに僕を嫌いでも」あらすじ

本当に虐待を受けていた人が観たら

母に抱かれる子供

結末は、ハッピーエンドです。

しかし、実際に子供の頃、虐待を受けていた人が観たらどんな風に思うんだろうと感じました。

この映画の主人公のタイジは、母の虐待のせいで、苦しく辛い幼少期を生きていました。

虐待の度合いや理由もその家庭ごとに異なるとは思いますが、タイジが虐待された理由が映画の最後の方で母の口から語られますが、あまり共感することができませんでした。

吉田羊さん演じる母親の光子は、ご近所の主婦仲間にも高圧的で、そういう性質のせいで、夫の浮気などを理由に子供に八つ当たりしていただけなのではないかと思いました。

吉田羊さんのヒステリックな演技が素晴らしいので、こういう母性本能がやや欠落した人もいるんだなと冷静に感じることが出来ました。

タイジの気持ち

どんな母親でも、子供は母親を求めるものなのかと思うと胸が痛くなります。

私も虐待とまでは言えませんが、兄に比べて母に愛されていたとは思っていません。

理不尽なことで怒られたり、悪気なくやったことを否定されたりしたこともあります。

子供心にとても傷ついた思い出があります。

しかし、私は認知症になった母を一人でずっと介護してきました。

正直なところ、大人になってからも、私と母はそれほど仲が良かったわけではありません。

それを見ていた叔母から、「お兄ちゃんに比べてよく怒られたり我慢させられてたのに、あなたは偉いね」と言われ、初めてやっぱりそうだったのか…と気がつきました。

もちろん、ネグレクトや暴力はありませんでしたが、言葉の暴力はあったかもしれません。

ただ、子供の頃は、私は自分が悪いのだと思っていましたし、母に褒められたいと思っていました。

成長するにつれて、そういう気持ちもなくなりましたが。

タイジは、映画のタイトル通り、「母さんがどんなに僕を嫌いでも」母親を求めています。

そんなものなのかな…と少しもやもやした気持ちになりました。

この映画のように、最後に和解できるのは理想的だと思いますが、こんなことは実際にはあまりない話なんじゃないかという気持ちが強いです。

タイジが母を許すことが出来たのは、木野花さん演じるおばあちゃん(父の会社の社員で本当の祖母ではない)という存在と良き友に恵まれたことが大きいのかもしれません。

虐待の連鎖

犯人

母親の光子も、子供の頃虐待されていたことが、伯母の口からタイジに語られるシーンがあります。

ここでも虐待の連鎖があったということです。

しかし、世間には虐待の連鎖を断ち切り、逆に子供をすごく大切にしている人も多いと思います。

やはり、その人の持つ性質が全てだと思います。

虐待の連鎖とは逆に、兄弟の中でも親に特別扱いされてきた人は、自分の子供に対しても同じように一人を特別扱いする人もいると聞いたことがあります。

特別扱いの連鎖も存在するようです。

以前このブログでも書きましたが、親子の間にも相性の良し悪しはきっと存在するのだと思います。

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最後に

映画「母さんがどんなに僕を嫌いでも」の感想でした。

太賀さん、吉田羊さんの演技はとても素晴らしかったのですが、映画の内容的には、私自身はちょっとモヤモヤしたものが残る映画でした。

全ての元被虐待児だった方が、この映画のように親と和解できるといいなと思います。

難しいことかもしれませんが。


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